月曜日, 2月 27, 2012

アップルから離れて行く僕の気持ちは複雑だ。

アップルのディスプレイが水槽のように魚を泳がせていた1987年頃から、そのユニークなアイデアに魅せられてきた。ちょっと厳つい初代iPodだったが、僕のコレクションだけでなく長男好みのラップや外国人の友人のCDなど、1年間聞き続けても同じ曲が演奏されないという奇跡的な音楽の楽しみ方は衝撃的だった。
モトローラからインテルにCPUが代わり、OSも変わり、アプリケーションも次々にインテル専用になっていった。最近の事で言えば、Photoshopを多用する僕は数種の関連ソフトが同封されたCS2を使っていた。自宅のPCをインテルappleに変えたらCS2は使えないと怒られた。バージョンアップに数万円かかるので廉価版のPhotoshopELを使う事にした。
こんな我慢がこの数年ときどき起こる。iPadやiPhoneでフラッシュで作られたプログラムが動作しない。あるいはiPhoneがソフトバンクだけから発売されたので、否か暮らしの僕には耐えられず解約した。
そしてツイッターからフェイイスブックに比重が移った段階の今、アップルの新OSではフェイスブックが使いづらくなりそうだという記事を目にした。全ての利用者に満足いく製品を提供しろとは言わない。しかし売り上げ増加の為に従来からの利用者が不便を感じる製品開発の姿勢は、僕の気持ちをアップルから遠ざけている。
ちなみに、googleのアンドロイドOSでドコモのギャラクシー2Sはすこぶる快適に僕をサポートしている。いまiPhoneを使う理由が見当たらない。
http://japan.cnet.com/news/commentary/35014454/