月曜日, 8月 17, 2009

近代の終焉に遭遇しファーミングを志す

2009年9月21日東京国学院大学で開催される「エントロピー学会」の一般講演のためのメモ
プレゼンテーションはAppleのKeyNoteを使っている。図や写真は省略した。引用なども省略している。あくまでの発表準備のメモである。

近代の終焉に遭遇しファーミングを志す
伊津 信之介

1.West Wind Farm since 1995
2.WWFと道の駅むなかた
3.1995年夏
4.1997年6月
5.1998年夏
6.2001年5月
7.ズッキーニ栽培を始める
8.2005年6月12日
9.2001年7月堆肥散布3㌧
10.2003年6月
12.11.2004年1月22日
13.2005年3月20日
14.液状化による噴砂
15.福岡西方沖地震断層
16.生ゴミ堆肥・油かす液肥
17.障壁としてレモングラス
18.2005年6月25日
19.道の駅むなかた
20.2009年夏〜秋

21.時代区分としての近代
近代を象徴するものは、ウエストファリア条約による主権国家体制の誕生、市民革命による市民社会の成立、産業革命による資本主義の発達、ナポレオン戦争による国民国家の形成など、16世紀以降のヨーロッパで誕生し、現代世界を特徴付けている社会のあり方である。
22.時代区分としての近代 2
19世紀以降、ヨーロッパで一応の完成をみた近代社会のあり方は日本をはじめとする非欧米諸国に伝わり、世界全体を覆うようになる。こうして誕生したのが、地球上のほとんど全ての人が排他的な主権国家の国民となり、国民が集まってつくられた国家が構成員として参加する国際社会であった。
23.近 代 化
この一連の過程が世界史における近代であり、近代以前の段階にある社会が近代的な社会のあり方を受け入れることを「近代化(Modernization)」という。
24.伝統的には、1453年から
東ローマ帝国(ビザンチン帝国)がオスマン帝国に滅ぼされた1453年が一般的だった。 古代帝国の遺産である東ローマ帝国が、東方の異質な文明を持つトルコ人に滅ぼされたという事件自体の衝撃、加えてコンスタンティノポリスからイタリア半島に亡命してきた多くの学者が西ヨーロッパの古典古代研究を刺激し、ルネサンスの人文主義隆盛のきっかけになった。
25.現在では1789年から
資本主義、市民社会、国民国家といった近代を象徴する社会・経済・国家のあり方があらわれた18世紀後半から19世紀前半をもって近代の本格的な始まりとし、それ以前からルネサンス以降までの時代を初期近代(近世)として近代から区別することが行われている。その場合、大きな転機となったフランス革命の起こった1789年が時代的画期とみなされることが多い。
26.日本の近代は1867年から
日米和親条約で鎖国を停止し、1867年の明治維新によって近代化とヨーロッパ国際社会への参入を実現してから後を近代と呼ぶ。
これに対して中世的な封建制が日本独特の形に発展した幕藩体制が整備された江戸時代は近世と呼ばれるが、近年の歴史学では日本の近世を近代社会を成立させる前提条件が育まれた時代として評価することが増えている。
27.近代と現代
ヨーロッパの歴史では第一次世界大戦の始まった1914年、日本の歴史では第二次世界大戦の終わった1945年が画期に取られる。だが、近年のヨーロッパでは東欧革命があった1989年に区切り直すべきとする意見もある。
28.日本の現代:1945年
1867年〜1945年 近代;オランダ・ドイツ・イギリス流
1945年〜1979年 アメリカの傘で焼け野原から高度成長
1980年〜1993年 IT 電子計算機、ワープロ
1994年~2001年 ICT WWW メディア革命
2002年~2007年  金融工学 ネットビジネス
29.アルビン・トフラー
第一の波は農業革命の後の社会であり、それ以前の狩猟採集社会の文化を置換した。
第二の波は産業革命であり、社会の主な構成要素は、核家族、工場型の教育システム、企業である。トフラーは「第二の波の社会は産業社会であり、大量生産、大量流通、大量教育、マスメディア、大量のレクリエーション、大衆娯楽、大量破壊兵器などに基づくものである。それらを標準化と中央集権、集中化、同期化などで結合し、官僚制と呼ばれる組織のスタイルで仕上げをする」
第三の波は脱産業社会である。トフラーは1950年代末にはこれを言いはじめ、多くの国が第二の波から第三の波に乗り換えつつあるとした。彼は、それを説明する造語をたくさん作り、他の人々が発明した情報化時代のような造語にも言及した。
30.http://spysee.jp
31.http://spysee.jp
32.http://spysee.jp
33.アメリカは、日本の5年後の姿
貧困大国アメリカ
堤 未果
岩波新書 2009年
34.1990年代初めのアメリカ
私が初めてアメリカに行ったのは1990年代の初めですが、やっぱりまだ「よきアメリカ」のイメージがすごく強かったですね。中間層がたくさんいて、政府は社会保障を通じて税金を国民に還元するというすごくいいサイクルが回っていた。
そのころの認識というのは、もちろん経済格差はあるけれども、その格差の下のほうの人は、やっぱり黒人とかヒスパニックといったマイノリティというイメージでした。
 
35.今のアメリカ
 一部のすごく儲かっている富裕層の下は貧困層という、完全な二極構造になっていて、その貧困層の中には白人もたくさんいます。もはや、格差の下のほうの人たちというのは、必ずしも「差別されている人たち」ではないんですね。
36.アメリカのイラク戦争
非常に効率のいい国家レベルのビジネス、それも経済的弱者を食い物にした「貧困ビジネス」になっているんじゃないかとも思うようになって。
ある国がほかの国を侵略するというのなら今までの歴史の中にもあったけれど、今のアメリカは自国内で、自分の国民から搾取している。自国民を犠牲にして利益を得ている。
37.資本主義的生産に先行する諸形態
38.自給的生活様式の解体
自由な労働とこの自由な労働の貨幣への交換は ーそれは貨幣を再生産し、また増殖するためにし、私的消費のための使用価値としてでなく、貨幣のための使用価値として、貨幣によってくいつぶされるためにするー 賃労働の前提であり、また資本の歴史的諸条件の一つであるが、そうだとすれば、自由な労働をそれが実現される客観的条件 ー 労働手段と労働材料 ー から分離することが、もう一つの前提である。
39.自給的生活様式の解体 2
したがって何よりもまず、労働者を彼の天然の仕事場としての大地から切り離すこと
それ故、自由な小土地所有、ならびに東洋的共同体を基礎とする共同体的土地所有を解体することである。
40.自給的生活様式の解体 3
自由な労働の目的とするところは、価値の創造ではなくて、個々の所有者とその家族、ならびに共同団体全体を維持することがその目的である。
個人を一労働者として裸一貫にするということは、それ自体歴史の所産である。
41.自給的生活様式の解体 4
資本が自分のために一つの国内市場を急速に形成するのは、資本がすべての農村副業をほろぼし、したがって万人のために紡ぎ、織り、万人に着せるなどといったことによって、つまり、以前には直接的使用価値としてつくりだされた商品を、交換価値の形態にすることによってであるが、それは労働者の土地からの分離、また生産諸条件にたいする所有からの分離によって、おのずから生ずる一課程なのである。
42.資本制社会の成立
裸の賃労働者が一般的存在となり
生活が貨幣=消費経済で賄われ
自給的生活様式が解体される
43.大地から引き離されていく歴史的過程
近代以前は人々は共同体の成員として大地と関係していた。
大地からの離反は共同体の解体と人々の離脱
そして農村副業の滅亡
44.近代の終焉は、バナキュラーの再評価
脱学校の社会 1970
TOOLS FOR CONVIVIALITY 1973
シャドウ・ワーク(生活のあり方を問う)1982
ジェンダー(女と男の世界)1984
コンヴィヴィアリティのための道具 1989
ABC(民衆の知性のアルファベット化)1991

45.イリイチの webs とは?
イリイチは脱学校の社会の序で、「個々人にとって人生の各瞬間を、学習し、知識・技術・経験をわかち合い、世話し合う瞬間に変える可能性を高めるような教育の『 webs 』 (ネットワーク)をこそ求めるべきなのである。
46.イリイチの webs とは?
本書は、教育に関してそのようなものの考え方を逆転させてみるような研究をしている人 
ーおよび教育以外においても、確立されたサービス産業の諸制度にとって代わるもの(オルタナティブス)を捜し求めている人々
ー が必要とする概念を提供したいと思う。
47.World Wide Web
『 Weaving the Web』 Tim Berners-Lee 1999
Should we then feel that we are getting smarter and smarter,more and more in control of nature,as we evolve? Not realy,Just better connected-connected into a better shape. The experience of seeing the Web take off by the grassroots effort of thousands gives me tremendous hope that if we have the individual will,we can collectively make of our world what we want.

48.岩手県久慈市山形村木藤古
この村(私)は、与えられた自然立地を生かし
この地に住むことに誇りを持ち
ひとり一芸、何かを作り
都会の後を追い求めず
独自の生活文化を伝統の中から創造し
集落の共同と和の精神で
生活を高めようとする村(者)である

49.農民芸術論 宮沢賢治
おお 朋だちよ
  いっしょに正しい力を併せ
われらすべての田園と
  われらすべての生活を
   一つの巨きな第四次元の芸術に
      創り上げようではないか
ここはわれら不断の
     潔く楽しい創造がある
都人よ 来ってわれらに交われ
世界よ 他意なきわれらを入れよ

50.限界芸術論 鶴見俊輔 1967
限界芸術 (ホビーファーミング)
大衆芸術 (スポーツファーミング)
純粋芸術 (プロダクトファーミング)

0 件のコメント: