5月の完全失業率は5.2%まで上昇し、2003年9月以来、5年8カ月ぶりの高水準になった。ちなみに完全失業者数は347万人。この数字だけでも、今の雇用情勢がいかに厳しいものであるかが伝わってくる。
今の失業率上昇は、派遣社員をはじめとする非正規社員の調整による部分が大きい。昨年末、日比谷公園に派遣村が設立されたというニュースで、非正規社員の労働環境が、極めて厳しい状況にあることを知った人も多いだろう。なかには、このニュースに胸を痛めながらも、自分が大企業の正社員であったことに、少しだけほっとした人もいたのではないだろうか。
今後の雇用調整は正社員を直撃
しかし、これから起こる雇用調整は、大企業の正社員にとっても、恐らく他人事では済まされないものになるはずだ。いや、むしろその直撃弾を受けるのは、他ならぬ正規雇用者になるだろう。
7月24日、2009年度の経済財政白書が発表された。そのなかで、1~3月期における企業内失業者の数が528万人~607万人と、過去最大の水準に達したことが示された。すでに企業は設備投資を手控え、企業活動の規模を縮小して生き残ろうとしている。昨年来の在庫調整にともなう人減らしは、非正規社員を雇用調整の対象にすることで一巡したが、ここから先に起こるであろう、企業活動規模の縮小にともなう人減らしは、正規社員の働く場を着実に狭めることになる。
これまでも事あるごとに「所得格差」「格差社会」をはじめとする、雇用にまつわる問題は議論されてきたが、こうした「雇用の痛み」は、経済のグローバル化が進む過程のなかで切り捨てられてきた人にしか分からないものにとどまっていた。
こうした雇用の痛みが、いかに人心荒廃につながるものか。それが、今回のグローバル・バブルの崩壊によって、いよいよ本性を現してくる。企業は、グローバル・ジャングルのなかでの生き残りをかけて、正規社員の雇用にも手を付けてくる。かつて、「雇用は最後の砦」と言われたこともあったが、それはもはや昔話だ。雇用は固定費ではなく、今や、ほぼ完全に変動費とみなされるようになった。
環境産業だけでは雇用問題は解決できない
では、新しい産業を興すことによって、失業という形であふれ出た雇用を吸収することはできるのだろうか。グリーン・ニューディール政策に見られるように、地球環境をテーマにした新産業を興すことで、新たな雇用を創出しようという試みがなされているのは、多くの方がご存じのことだろう。
しかし、地球環境関連の新産業が生まれたとしても、それもまたグローバル・ジャングルのなかでの競争を余儀なくされる。しかも新しいジャンルだけに、その競争に勝つために行われる人材の選別は、極めて熾烈なものになるだろう。新しい雇用の受け皿を作るための努力は大切だが、これから大量に発生するであろう世界的な失業者を、すべて吸収できるかと問われれば、その結果はあまりにも心もとない。ましてや経済が成熟化し、かつ人口減少過程に入った日本において、高い雇用誘発効果が期待できるような産業を創り出すのは至難の業だ。そもそも企業の側には、なるべく人を雇わずに高い利益を上げようという発想が定着しており、雇用誘発効果を高めようという考えが無くなっている。欧米各国がそうであるように、これからは日本も高い失業率の慢性化に悩まされることになるだろう。
人手不足産業による雇用問題の解決も
今回の雇用問題は、経済のグローバル・ジャングル化だけが進み、それに人の動きや政策がキャッチアップできなかったがために生じたものだ。ただ、日本国内の雇用問題を解決するための方法が、全く無いというわけではない。広く見渡せば、人不足に悩んでいる産業分野はある。介護や医療などは、その最たるところだろう。完全失業率や有効求人倍率を見ても、今や人が余っているはずなのに、これらの産業分野は、人不足に苦しんでいるのだ。
また地方には、一部の限界集落のように、きちっとした公共サービスを必要としている人が溢れているにも関わらず、人手不足で満足にサービスを提供できないケースも見られる。そういうところに対する公共サービスの拡充も、国内における雇用創出の機会につながるだろう。
人余りのはずなのに、人不足に陥っている。こうした問題を解決するためには、政治がリーダーシップを取って、人資源の再配置を促す政策をとる必要がある。
8月の衆院総選挙は、グローバル・ジャングル経済のもとで生じた不況下で行われる初めての総選挙になる。単なるバラマキストの経済政策では、今回の雇用問題を解決することはできない。少数の人に富が集中するのではなく、皆で共存共栄できる社会を創るための経済政策を打ち出すことが、政権党には求められる。2009年8月7日
【著者紹介】
浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)
一橋大学経済学部卒業後、三菱総合研究所に入所。ロンドン駐在員事務所所長、同研究所の主席研究員を経て、2002年秋より同志社大学大学院にて教鞭を振るう。
国内外のメディアに多数出演し、おもにマクロ経済問題に関するコメンテーター・執筆者として活躍。金融審議委員会、国税審査会委員など、政府関係委員も多数務める。
■主な著書
「グローバル恐慌‐金融暴走時代の果てに」(岩波新書)
「スラム化する日本経済 4分極化する労働者たち」(講談社プラスアルファ新書)
「2009‐2019年大恐慌 失われる10年」(共著:高橋乗宣)
0 件のコメント:
コメントを投稿